2015年10月28日水曜日

人工知能が人間を越えていくという時代の中で古代から古いつきあいの木の立ち位置

2015年10月27日火曜日

あり

働き蟻の三%しか働いていないらしいが自分も含め働かされている人がほとんどで本当に自発的に働いて稼いでいる人はそのくらいな気がする。

2015年10月19日月曜日

人と比べてこれは誰々がやったやつだ、誰々みたいだといわれたりして表現をやめてしまうのは自分の一貫性を崩してしまうことになりかねない、自分と言う唯一の歴史から出たものなら似て非なるものだと思う。

2015年10月18日日曜日

秋晴れなにかの本で読んだ話

秋晴れの毎日、太陽は生き物に命をただひたすら与え続けてなんの見返りも求めない、それどころか与えても焼きつくしてしまう。
太陽のようなプライドの人もいるのかも。

考えず、自分にはまらず、素直に滞りなく作れた時にマシな物ができるようだ、民芸のひたすら繰り返し同じものを作ることもそこを狙っているとおもう。

時々気づく当たり前のこと

ひとそれぞれ感受性は違っていて、少しの事で気が付くひともいれば、よっぽどの体験をしなければ気付かないひともいる。

2015年10月13日火曜日

昨日遠藤さんと話す機会があり会話の中で 近い将来人工知能が人間の脳を超える という話で、政府の教育方針などを決めている間にも状況はすごい早さで変化していて、今ある仕事などはどんどん変わっていき受験勉強などを一生懸命やって社会に出たとき、やって来たことは無駄になる可能性もあるので、それぞれが自分の中でのそれをやる意味を考えた方がいいように思えた。
ワーキングプアなどもそういった労働の変化の中での歪みの影響もあるのかもされない。 

お金を手に入れるのが昔よりたやすくなっている時代、それをどう使うかの重要性が増してるようだ。

人工知能が得た分、失ったものを拾い上げて必要としている人に届けるようなことも必要。

2015年10月10日土曜日

先日友人が遊びに来た、彼はインターネットをやらない、安易にわかったような気になってしまい自分で調べることをしなくなってしまうからとのことで、ネットが必要な場面もあると思うが、なにかを失いながら得ているので、あまり依存しすぎるのもどうかと思った。

2015年10月4日日曜日

じぶん

自分は結局どうしても自分なのだから仕方がない。